四国の島山
四国には瀬戸内海を筆頭に無数の島々があります。
そして、それぞれの島にある個性的な山は
普段の登山とは違う、島ならではの楽しみを与えてくれます。
ここではそんな島山(しまやま)をご紹介します。
「石の島」広島
王頭山(312m)
〜香川県丸亀市〜

花崗岩の露出した王頭山全景
「石の島日本遺産に認定」こんな記事が今年6月紙面を賑わせた。
花崗岩に覆われた広島はその一つで、切り出された花崗岩は「青木石」の名でよく知られる。
王頭山は標高こそ低いが、塩飽諸島(しわくしょとう)に浮かぶ28の島々では一番高い。
高さでは興味を失いがちになるが、船で瀬戸内海を渡り、
瀬戸内海の多島美を眺めて歩ける山なので、頑張らない山歩きが楽しめる。
おすすめ時期は10月から5月。
丸亀港から広島へは備讃フェリーが毎日7便、客船20分とフェリー35分を運行。料金片道580円。

備讃瀬戸にかかる瀬戸大橋

フェリーからの広島と王頭山


江の浦港から県道を左に進み、右手に校舎跡の大きな建物が現れると
最初の小さな橋がある。渡ったところに王頭山登山口を示す標識とトイレがある。
そこを右に入ると、最初の四差路が現れる。


レキの墓
王頭山は直進するが、交差点右の橋を渡ったところにレキの墓がある。
幕末、イギリスの軍艦シルビア号が瀬戸内海の海底調査中、
レキという名の船員が病気のため亡くなった。
乗組員はやむを得ず広島に上陸し、レキの遺体を埋めて十字架を立てた。
当時キリスト教は許されなかったため、役人に見つかり、十字架は焼き捨てられた。これを見た島民は哀れに思い、明治元年に新たな墓石をたてて弔った。

車道を直進するとT時路となるので標識に従って左へ進む。

ハゼに稲を吊るして干す光景だが最近は見なくなった。
天日干しなので美味しいお米になる。
何とものどかな晩秋の頃。

登山道入口には案内板がある。
ここからは右手側の登山道へ入る。
コンクリート舗装道が切れると、普通の登山道となる。


歩きやすい道とヤブに覆われた道、
花崗岩と真砂土の道とが代わるがわるに現れる。
長袖は必須。花崗岩が現れると瀬戸内の絶景が姿を見せる。

花崗岩が風化し真砂土となる。
滑りやすいので要注意。

江の浦港と遠景は讃岐の山々。右から讃岐富士、青の山、城山、五色台。


アミタケ。里山の代表的食用キノコ。 せん ぶりの花。昔から胃腸薬として使用。

王頭山まで100mの標識が現れると王頭砂漠は近い。


花崗岩が風化した真砂土の上に丸い巨岩が石庭のように点在する、山上の日本庭園といった趣。珍しい景色なので必見の価値あり。

王頭山山頂。二等三角点があるが、灌木に覆われて見晴らしはきかない。
ここまで、江の浦港からゆっくりと歩いて1時間30分。
直進して、心経山へ向かう。

心経山は弘法大師が修行した信仰の山。道中はヤブの中の小道を歩き、一部迷いやすいところがあるので注意して歩きたい。
所々には標識もあるので見逃さないように。
左手眼下に青木港とその集落、そして青木石の採石跡が望める。

心経山直下の太子堂。
下は山頂。花崗岩の巨岩が積み重なる山頂。
慎重に歩きたい。



上は旧尾上邸。江戸時代千石船で財をなした。
青木石を積み上げた欅づくりの豪邸。改装中のため中には入れない。

青木港から見た心経山
広島は戦国末期、
長宗我部に敗れた香川一族と長尾一族の落人が住み着いたのが始まりとされる。
瀬戸内海は重要な海路であったため、
豊臣秀吉と徳川家康に手厚く保護された人名の島である。
今も島は個人の所有地で、国有地はない。

紹介者 佐藤孝雄ガイド
取材日 2019年11月1日